『窓をあけて……』

abandonment ―アイ―

 3月のはじめ。
 とても寒い、静かな雪の日の朝。
 スズさんが、亡くなった。
 施設を囲む林の中で、倒れていた。
 スズさんは部屋の錆び付いた窓をあけて、外に出たらしい。
 ……スズさんは施設(ここ)から世界(そと)へと飛び出したんだ。

 結局、スズさんは最期まで一人だった。
 最期まで、独りぼっちだった。
 最後の瞬間まで、世界を知らなかった。
 スズさんにとって、はじめての『世界(そと)』。
 それが、スズさんにとって、価値のあるものだったと信じたい。
 ……せめて、そうであって欲しい。
 そうでなければあまりにも……。
 ………………。



 そのころ、私は殆ど起きあがれなくなっていた。
 もう、なんだか、どうでもいい……、そんなふうに思い始めていた。
 べつに、悟ったとか、そういうのじゃない。
 ただ単に、あきらめただけ。
 私は、助からない。
 この施設に入った時点で、希望なんて残ってなかったんだから。

 レイはもう訪ねてこない。
 スズさんは逝ってしまった。
 マナは……マナにももうお別れをしないといけないわね。

 結局、最期は独りぼっち。
 スズさんと、同じ。
 ……ううん。
 スズさんは外にでられたものね。
 世界(そと)のなかで逝ったんだ。

 スズさんが亡くなった日の前の夜。
 私は、スズさんの声を聞いたような気がした。

 ――窓を、あけて……。


 私は……出られるのだろうか。
 もう、ずいぶん開いていない窓。
 窓をあけて、外の世界に。


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2003/08/04