『窓をあけて……』

window ―スズ―

 アイさんが、もうすぐ……。
 そのことは、玲さんの態度ですぐにわかった。
 私を見るときの玲さんの瞳。

 『ドウシテ…………』

 ある日、本当に冷たい眼差しを私に向けた日。
 玲さんはこの施設に来なくなった。

 きっと、本当につらかったんですね。
 アイさんのことが、そして、自分の態度が。
 だから、傷ついてしまった。
 玲さんは、ただ、アイさんのことが大切なだけなのに。
 私みたいな存在がそばにいては、アイさんの事だけを見ていることができないから。
 きっと、運命に理不尽を感じてしまうから。
 誰も見てくれる人のいない私が生き残って。
 たくさんの愛してくれる人がいるアイさんは逝ってしまう。
 そんな運命に。


 私は自分自身の運命をつらいと思ったことはなかった。
 なぜって、ここでの生活しか知らないから。
 アイさんたちに会うまで、本当に笑った事なんてなかった。
 アイさんたちに会うまで、この施設を出たいと思ったこともなかった。
 アイさんたちに会うまでは。

 だけど。
 私は、私にいろいろな感情(もの)を与えてくれた人たちを。
 私がいたせいで、傷つけてしまった。

 結局私は。
 最初から最後まで誰かを傷つけるだけの存在だったのかもしれない。
 私さえいなければ……。
 本当は、そんなふうに、考えてはいけないのかもしれない。
 でも……だけど。
 私さえいなければ……。
 とめどもないリフレイン。
 そのリフレインの合間に、アイさんの声が浮かんでくる。

 『絶対、一緒にここを出ようね』

 アイさんなら、出られるかもしれない。
 そう、信じたかった。
 そのときはきっと、私も一緒に外の世界に。
 そう、願っていた。



 窓を覆ったカーテン。
 細かな模様や、汚れの位置まで、覚えている。
 ずっと、開いたことのなかったカーテン。
 サッとひくと、白い光があふれて、部屋を満たす。
 何年も開いていない窓は、思ったよりもスムーズにあけることができた。
 冷たい、でも、いままで感じたことのないさわやかな、風。

 どうしてこんなに綺麗な世界を。
 どうしてこんなに気持ちのいい世界を。
 どうしていままで閉ざしてきたんだろう。

 アイさん、玲さん、りるかさん。
 私は、あなた達のおかげで、外の世界を感じることができました。
 だから、アイさんたちは、最期まで窓を閉ざさないでいてください。
 それはきっと、とても悲しいことだから。
 それはきっと、してはいけないことだから。

 だから。
 だから、アイさん。
 最期のときまで、きっと。
 窓を、あけて……。

 …………………………。


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2003/08/03