『窓をあけて……』

smile ―レイ―

 アイの身体にある小さな陰。
 その小さな陰が、遠くない未来、アイの命を奪う。
 変えられない、未来。

 アイの入った施設。
 ここでは、治療は行われていない。
 患者の苦しみを取り除くだけ。
 できるだけ安らかな死を迎えられるようにするだけ。
 生きて退院する人はいない。
 希望を持った人も、いない。

 アイがそんな場所にいる意味は……………絶望。

 アイがここに入ってから、2ヶ月。
 僕が知っているだけで、5人、亡くなっている。

 ――地獄だ……。

 そんな呟きを漏らした僕に、看護の人が笑いかけた。

 『違うわ。ここは天国に一番近い場所なのよ』

 ――天国? 人の死が日常の場所が? 本当の笑顔がない場所が?

 『そう。みんな苦しまずに、安らかに亡くなったんだから。やっと、心の苦しみからも解放されたんだから』

 そうなんだ。
 どんなに身体の痛みを抑えても、心の痛みは消せない。
 アイは、どんな想いで、僕たちに笑いかけているんだろう。
 どんな苦しみを、かくしているんだろう。


 少し前、アイは『新しい友達よ』って、スズさんを紹介してくれた。
 すごくきれいで、無垢な笑顔の女の子だった。
 どうして、そんな笑顔ができるのか、僕にはどうしてもわからなかった。
 わからないけど、なぜか、スズさんの無垢な笑顔は、悲しかった。
 悲しくて…………怖かった。
 怖くて、けれど、やっぱり、きれいだった。

 この、地獄で(もしくは天国に一番近い場所で)。
 笑顔を交わすアイとスズさん。
 どんな想いを、もっているんだろう。
 どんな苦しみを抱えているんだろう。

 結局、僕には何もわからない。
 だけど、わからなくてもいいんだと思う。
 今までだって、アイの心の中はわかってやしなかったんだから。

 アイと、マナと、僕。
 三人は親友なんだ。
 いつまでだって、親友なんだから。
 だから、僕も笑顔でいよう。
 いつまでかはわからない。
 明日にも終わるかもしれない。
 その瞬間まで、笑顔でいればいいんだ。

 怖いぐらいに無垢で、悲しいくらいにきれいな、スズさんの笑顔。
 その笑顔は僕に大切なことを教えてくれた。
 アイが大好きだと言っていたスズさんの笑顔。
 それは、僕にとっても、大好きな笑顔になった。


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2002/03/24
修正 2003/04/06