『窓をあけて……』
intermission ―birthday―
2月12日――
「「ハッピーバースディ、アイ!」」
郊外に設けられた施設の一室。
普段は冷たく白いその部屋に、明るい声が響き渡る。
今日はアイの16回目の誕生日……。
◆
『ねぇ、ケーキはまだ?』
『おいおい、今日はアイの誕生日なんだぞ』
『わかってるもん』
『それじゃあマナ、切り分けてよ』
『りょうっかい☆』
『こら、それやけに大きくないか?』
『いいの、これはアイのだから』
『いくら何でも大きすぎない?』
『アイが食べきれないんだったら、あたしが食べるからいいもん』
『結局それか……』
『いいじゃない!!』
『りるか、今日は哀花お姉さんの誕生日なんだぞ』
『いいわよねぇ、楽しければ。玲もあんまりうるさく言わなくてもいいんじゃないの?』
『だってマナが言っても聞かないから……』
『そんなことないもん』
『あらあら、殆ど部外者扱いね、哀花』
『いつものことよ』
『誰のせいだと思ってるんだよ』『誰のせいだと思ってるのよぉ』
『誰のせいなの?』
『レイおにーちゃんとマナおねーちゃん!!』
『『…………』』
『こりゃ玲くんとりるかちゃんの負けだな』
『ユメちゃんの一人勝ちだね』
居間に響く笑い声。
毎年アイ、レイ、マナの誕生日は三家族そろってパーティを開いた。
アイとアイの両親とアイの妹。
レイとレイの両親。
マナとマナの父親。
とってもにぎやかで楽しいパーティ。
誕生日パーティだけじゃなく、三人はいつも一緒だった。
ちょっとした言い争いはあっても、本気でケンカすることはなかった。
アイとレイとマナ。
性格は違っていても、心は通じ合っていた。
奇跡的なバランスで作り上げられた三角形は、いつまでも続くと誰もが思っていた。
あの事故が起こるまでは。
◆
「ほら、マナ、ケーキを切り分けろよ」
「……うん」
「…………………」
冷たく白いアイの病室。
どんなに騒ごうとしても、何か物足りなくて。
「……そういえばスズさんには声かけたのか?」
「ううん、言ってない」
「言ってない? 忘れてたのか」
「なら、今から呼んであげようよ」
「…………いいよ、呼ばないで」
「どうしたんだよ、喧嘩でもしたのか?」
「……かわいそうだから」
「かわいそう?」
「友達を呼ばない方がかわいそうだろ」
「スズさんは……誕生日なんて、知らないから」
◆
「お誕生会? いいわよ、やっても」
「いいんですか?」
「ええ。施設の備品を壊したり汚したりしない限りは何をしても」
「ありがとうございます」
「でもいいわね、そういうコトしてくれる友達がいるのって」
「……はい」
「もともとここには若い子がいなかったから、そういうのって初めてじゃないかしら」
「スズさんはそういうこと、したことないんですか?」
「え? ……ああ、五月女さんは生まれてすぐにここに来たからね」
「じゃあ友達とかって……」
「あなた達が初めてじゃないかしら、五月女さんの友達って」
「そうなんですか……。あ、でもご両親とかは?」
「それは……………」
「?」
「…………そうね、あなたになら話してもいいわよね」
「え?」
「五月女さんはね、ご両親に……………捨てられたの」
◆ ◆
千葉のとある病院で、小さな命が生まれた。
超未熟児で生まれたその子供は、すぐに新生児用ICUにいれられた。
検査の結果。
全ての器官が弱すぎる。
おそらく、一年は持たない……そう、診断された。
結婚して10年、不妊治療を続けてやっと生まれた子供。
両親のショックは大きかった。
そして……両親はその子供を忘れることにした。
最後に、名前だけを与えて施設へと送り込んだ。
砂鈴。
波によせられ流されていく砂のように。
風に揺られて響いた鈴の音のように。
ほんの一瞬だけ在って、すぐに去っていく娘。
この名前だけが、両親の残した愛情のかけらだった。
その後、運良く――両親にとっては運悪く――奇跡的に生き延びた砂鈴。
それでも、いつ死んだとしてもおかしくない状態には変わりなかった。
砂鈴の両親は砂鈴が1才を迎えたときにこう、呟いた。
『もう、連絡はしないで下さい。たとえ……死んだときにも』
◆ ◆
「そんな………」
「しかたないのよ」
「しかたないって……そんなの」
「しかたないの。ここは………そういう施設なんだから」
「……………」
「……そうそう、あなたの誕生日、2月12日って言ってたわね」
「ええ………なにか?」
「五月女さんの誕生日、2月13日なの。せっかくだから、いっしょにお祝いしてあげたら?」
◆
「……………」
「……………」
「……だから、こういうの、知らないままの方がいいのかもしれない」
「……どうして」
「知れば、今までどんなに……不幸だったか、解ってしまうから」
――私は既に、笑うって事を教えてしまった。これ以上はもう…………。
「そうかもな…………」
――知らなければ、辛くないかもしれない……。
「……アイの莫迦」
「え?」
「アイとレイ、スズさんは大事な友達だって言ってたじゃない!!」
「マナ、私はスズさんのことを想って……」
「友達だったら、そういう悲しみもいっしょに包んであげるんじゃないの? それともアイにとってスズさんってその程度の友達なの? それともあたしもそうなの? 知らなければいいって、何もしないで無視するの?」
「そんなこと、するわけないじゃない! マナが悲しんでたら、私にできることは何でもするわ。無視なんてしない」
「なら、どうしてスズさんにもそうしてあげないの!?」
「……だってスズさんは……………」
「僕たちとは事情が違うだろ」
「なんにも違わないよ! どうして友達に違いなんてあるの? なんにも違わない。スズさんは友達、それだけじゃないの?」
「マナ……」
「事情なんて、みんな違うんだから。あたしには母さんがいない。あたしだって母さんに……捨てられた、の。でもそのことでアイとレイは特別扱いしたことなんてなかった。それとも、あたしのこと腫れ物に触るみたいに見てたの?」
「そんなこと………」
「そんなことなかった。どうしてスズさんにも同じようにしてあげないの? あたしは、嬉しかったんだから。アイとレイがいつも変わらないでいてくれたこと。きっと、スズさんだって喜んでくれるよ。もしそれで悲しい思いをすることになったのなら、あたし達が支えてあげればいい。そうでしょ?」
「マナ…………」
「…………」
「ねぇ、そうでしょ?」
「……そうだな、マナの言うとおりだ。な、アイ」
「……ええ。スズさんのことを聞いて、すごくショックだったから何も見えなくなっていたみたいね」
「よし、仕切直しだ。まだケーキも切ってないことだし、スズさんを呼んでやりなおそう」
「そうね。一日早いけど、一緒にね」
「それじゃ、あたしスズさん呼んでくるね!」
「……………」
「……………言われちゃったわね」
「スズさんは友達、それだけ………か。そうだな、それでいいんだよな」
「ええ。それでいいのよ、きっと」
◆
「「ハッピーバースディ、アイ、スズ!」」
郊外に設けられた施設の一室。
普段は冷たく白いその部屋に、明るい声が響き渡る。
今日はアイの16回目の、スズの18回目の誕生日……。
アイ、レイ、マナ、そしてスズ。
四人は笑顔で友達の誕生日を祝った。
心からの、笑顔で。
...Fin