『あの子』


 ―1―

 結局、最期まで本当のことはわからなかった。
 誰が『あの子』だったのか。
 だけど、誰が『あの子』だったとしても、たいしたことじゃない。
 この施設にいた、私たちにとっては。



 ようやく梅雨が明け、夏の日差しが肌を焼き始めた頃。
 私はこの施設に入れられた。
 なんだか長ったらしくて難しい名前の病気にかかったとかで、余命はあと少しだとか何とか。
 はっきり言って、私自身には風邪程度の自覚症状すらなかったし、突然もうすぐ死ぬだなんて言われてもピンとこなかった。
 学校を辞めさせられて、施設に入れられて。
 同じ施設にいる人たちが毎日のように死んでいくのを見ても、他人事にしか感じなかった。
 きっと検査ミスだとか、ひょっとすると似たような名前のお年寄りのカルテと入れ違っちゃったとか、そういった事故のたぐいなんだ。
 今日にでもミスが発覚して、私をこの施設から連れ出しに来る、そう思っていた。
 だって、死んじゃうのって、みんなお年寄りか一目で病気だとわかるような人たちばかりだったから。
 だけど、1週間経っても、1ヶ月が過ぎても誰も迎えには来てくれなかった。

 夏も盛りを過ぎたある日、この施設で、彼女たちに出会った。
 彼女たちも私と同じような『なんだか長ったらしくて難しい名前の病気』だとかで、この施設に入れられたらしい。
 だけど、どう見たって全然元気で、病気だなんて何かの間違いとしか思えなかった。
 それも、私と同じ。
 事情はどうあれ、この施設には他に同年代の女の子(もちろん男の子もだけど)はいない。
 私たちはすぐに仲良くなった。

 ……そういえば誰だったのだろう。
 『あの子』を呼び寄せるきっかけを作ったのは。
 私だったような気もするし、他の誰かのような気もする。
 もしかすると『あの子』自身がそのきっかけを作ったのかもしれない。
 あれは……そう。
 土砂降りの雨の日だった。
 すごく暑かったあの日の夜。
 空き部屋に集まっていた。
 そう、その時はたしかに…………。


 ―2―

 「それで? あとはどうするの?」
 「ちょっと待ってよ、私まだ……」
 「準備がすんだら、電気を消して、数字を数えるの。1、2、3……」
 「うまくいったら4人目が現れる、んだっけ」
 「本当に大丈夫?」
 「さあ……。私もやるの初めてだし」
 「ここって、『あの子の部屋』なんでしょ?」
 「病を苦に自殺したって話? あれ、嘘らしいよ」
 「それが嘘だとしても、施設(ここ)って場所的には最高だとは思うけど」
 「……ん、準備できたね。電気、消すよ」
  パチッ。
 「……いち」
 「に……」
 「さんっ」
  ………………。
 「…………し」
 「えっ!?」
 「ち、ちょっと、今の誰よ」
 「冗談だよねぇ?」
 「電気、つけるわよ」
  パチッ。
 「……4人、いるわね」
 「成功……ってこと?」
 「そうみたいね。……で、誰がそうなの?」
 「誰って……明日無、亜子、刹那と……」
 「未菜、と。みんな、知ってる顔ね」
 「ち、ちょっと待って、確かに1人増えてるのに、どうしてみんな知ってるのよ!?」
 「……始める前、確かに3人だったのは間違いないわよね」
 「じ、じゃあどうして……」
 「……どうでもいいじゃない、そんなこと」
 「え?」
 「だってさ、もともと友達が増えたら面白いからってノリだったでしょ」
 「……それもそうね。こうしてる限り、悪意があるようにも見えないし」
 「本当に幽霊なら、朝になったら消えるかもね」
 「そういうこと。それより私、もう眠いんだけど」
 「ん……。じゃあ今日は解散ってことで」
 「おやす〜」
 「ぐっない」
 「お休みなさい」
 「おやすみぃ」
  ……………………。


 ―3―

 結論から言ってしまうと、『あの子』は朝になっても消えなかった。
 食堂で当たり前のように私たち『4人』は顔を合わせた。
 誰に聞いてみても、「いつもの4人」と言われただけ。
 最初は少し気味が悪かったけど、誰かが言ったとおり「友達が増えただけ」と思えるようになるまでそう時間はかからなかった。
 事実、『あの子』は悪さをするわけでもなく、ただ私たちと一緒に過ごしていただけだったから。

 私たち全員が4人であることを受け入れた日、小さなパーティーをした。
 新しい友達の歓迎パーティー。
 全員がホストで、全員がゲストの、ちょっと奇妙なパーティーだったけど、4人で過ごしたその時間は、本当に楽しい時間だった。
 その時、私たちはずっとこの4人でいられるものと思っていた。
 ちょっと前まで、3人ずっと一緒だと思っていたように。
 でも、それは、間違いだった。


 パーティーから一週間経ったある日。
 1人、いなくなった。
 別にその子が幽霊だった、と言う訳じゃない。
 私たちが、この施設にいる意味。
 それが、初めてわかった気がする。
 『なんだか長ったらしくて難しい名前の病気』
 それは間違いじゃなくて。
 それからしばらく、私たちは顔を合わせなかった。
 1人減っているという現実を見せつけられたくなくて。
 自分も『その』時期が近いということを思い知らされたくなくって。

 そして、3人が2人になるのには時間がかからなかった。


 ―4―

 「……2人だけになっちゃったね」
 「…………そうね」
 「次は……私かな」
 「私かもしれないわ」
 「…………間違いじゃなかったんだね」
 「え?」
 「病気のこと。私、ずっと思ってたんだ。何かの間違いじゃないのかって」
 「うん」
 「私だけじゃなくて、みんながそうなんだって」
 「私もそう思っていたよ」
 「いまだって、本当は違うと思いたいよ」
 「私たちだけは間違いだった……って?」
 「……でも、それって、酷いよね。2人のこと、もうどうでもいいみたいで」
 「ん………………」
 「だからね、悔しいけど、受け入れることにしたの」
 「うん。否定するなら全部、受け入れるのならそれも全部だね」
 「そう。だから私は、自分の病気のことだって受け入れることにしたの」
 「……………」
  ……………………。
 「ねぇ」
 「何?」
 「私たち、4人でいること、もう気にしていなかったけど……」
 「……うん」
 「…………誰が『あの子』だったのかな」
 「……2人は死んじゃったし、私かあなた、どっちかが『あの子』なのかもね」
 「……私、自分は違うと思ってた」
 「………………」
 「でもね、もう、わからないの」
 「私もそうだよ。それにね、もうそんなこと、どうでもいいことじゃない?」
 「どうでもいい?」
 「だって私たち、施設(ここ)に入った時点で『あの子』と同じような存在だったんじゃないのかな」
 「『あの子』と同じ……そう、だね。外の人にとって、私たちは幽霊みたいなもの……」
 「だから、私たちはみんな『あの子』だったんだよ」
 「……うん。そう、だね………………」
  ……………………。


 ―5―

 そして、今。
 私は1人になった。
 結局、最期まで本当のことはわからなかった。
 誰が『あの子』だったのか。
 だけど、誰が『あの子』だったとしても、たいしたことじゃない。
 この施設にいる私にとっては。

 だってほら、またすぐに新しい子がやってくるから。
 ここは、そういう施設だから。

  『ねえ、ここって……』

 ほうら、ね。

  『いち』
  『に』
  『さん』
 ………………。
 …………し。


 くす。
 くすくす…………。
 ………………………………。
 ………………………………。
 ………………………………。

.....fin


Postscript

 これは『窓をあけて……』の外伝的なストーリーではあります。
 しかし、話に直截のつながりがあるわけではありません。
 おなじ『施設』を舞台にした、ホラー風味のストーリーを書いてみました。

 この『施設』は、舞台として気に入っているので、また何か書くかもしれません。
 その時はまた、『施設』に見学においで下さい。
 くれぐれも『あの子』にはならないように。
 くすくす…………。


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2004/03/07