……それは、あゆさんのくれた奇跡。



『どくさいスイッチ』


 学校から少し離れた場所にある空き地で。

「惨敗よッ!! とられた18点のうち、15点は栞のせいよッ!!」

 草野球のスコアボードを指差し、真琴さんがカンカンになって怒っています。

「それに、栞のヘマがなければあと5点はとれてたハズなんだからッ!!!」

 なぜ真琴さんがカンカンに怒っているのかと言うと。
 実は、今日はここで、私の所属する草野球チーム『マコピーズ』の試合がありました。
 でも、試合結果はスコアボードに書いてあるとおりで、だよもんズ18点に対しマコピーズ2点。
 要するに、私たちの惨敗だったんです。

 今は試合が終わり、7番バッターである真琴さんが、その惨敗を私のせいにして騒いでいるところでした。

「合計20点、あんたのために損したのよ〜ッ!!」

 私のせいで15点とられて、私がいなければあと5点。たしかに合計20点は私の責任……

「……って、ちょっと待って下さい。真琴さんだって私と同じくらいヘマしてたじゃないですか」

 そう、真琴さんのあまりの剣幕に、美坂栞こと私もしぶしぶ聞いていましたが、よく考えると真琴さんだって私と同じくらいのヘマをしていたハズなんです。
 だから、舞さんや祐一さんに叱られるならともかく、真琴さんが私を怒鳴っているのは筋違いというものです。
 でも、そのようなことを考えていたらそれがつい顔に出てしまい、それを見て真琴さんの怒りは頂点に達してしまったようです。
 真っ赤になって私を睨み付ける真琴さん。
 や、やばいです。

「その顔は栞〜!! あなたやっぱり真琴に喧嘩うってるのね〜!!」

「ち、違います〜」

「あなただけは許さないから! 20点分だけボッコボコにしてやる〜!!」

「キャ〜〜〜〜ッ!!」



◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「ぐやじ〜い!! なんでわたッわたしが……こんな……グスッ……目にあわないと……ならないんですか……ヒック……」

「うぐぅ……それはやっぱり、栞ちゃんがヘタクソだからだよ」

「うぅ、あゆさんまでそんなことを言うんですか……ヒック……」

 結局私は真琴さんにぼこぼこにされながらも、なんとか自分の部屋まで逃げ帰ることが出来ました。
 悔しくて、思い出すだけで涙が出て来ます。
 私をサンドバックのようにボコボコ殴る真琴さんの顔も……。
 子犬の喧嘩を見るような目で笑っているだけのチームのみんなの顔も……。

「ほら、栞ちゃんもそんなに泣いてばかりいちゃダメだよ」

「他人事だと思って、そんな気楽に言わないでください! どうせあゆさんには、真琴さんのあの恐ろしいパンチを受け続ける私の気持ちなんてわからないんです!」

「う、うぐぅ」

 あゆさんは私の良き相談相手です。
 身寄りのないあゆさんを私の家で引き取って以来、あゆさんは何故か私の部屋の押し入れで寝泊まりしています。
 でも、いつもは色んな奇跡で私を助けてくれるあゆさんにも、どうせ私のこの苦しみは分からないんです。

「ねえ栞ちゃん、泣いてばっかりじゃ何も解決しないよ。次の試合ではこんな目に合わないように、今からでも練習しようよ」

 私が愛用しているプラスチックのバットを持って、あゆさんが笑いかけてくれます。
 でも、私はやっぱり悔しいですよ。
 そもそも、運動の才能が無い私に野球をしろというのが、根本的な間違いなんですから。
 そして、いつまでも拗ねた表情をしている私を見て、あゆさんは困ったように言います。

「栞ちゃんは、そんなに野球が嫌いなの?」

「……あまり好きじゃありません。でも、問題は真琴さんです」

 そう、問題は真琴さんです。
 たしかに野球はあまり好きじゃないけれど、皆と一緒に遊ぶのはやっぱり、好きなんです。
 真琴さんにボコボコにされることさえ無ければ。

「そう、真琴ちゃんがいなければいいのか……」

「ええ、真琴さんさえいなければ……って、あゆさんがなんとかしてくれるんですか?」

 私がチラリと見ると、なんとあゆさんはリュックの中に手を入れ、何かをガサガサと探しているじゃありませんか。
 あゆさんがリュックから何かを出すとき。
 そう、それは、あゆさんが私に奇跡を見せてくれるとき。

 あるときは、大空を自由に飛びたいという願いを叶えてくれました。
 そしてまたあるときは、学校に遅刻しそうな私を不思議なドアで送ってくれました。
 あゆさんは、とても素晴らしい奇跡を見せてくれます。
 そしてまた今、新しい奇跡を私に見せてくれようとしているんです。

「もう、栞ちゃんってばいつも結局ボクの奇跡に頼るんだからなぁ」

「む〜、そんなこと言うあゆさんなんて嫌いです」

 そんな軽口を叩きつつも、あゆさんはにこにこと笑って、リュックから『奇跡の道具』を取り出しました。
 それは、赤くて小さな、ボタン型のスイッチでした。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「これはね、どくさいスイッチって言う奇跡の道具なんだよ」

 カーテンを閉め、ドアの前に人がいないことを確認し、あゆさんはとても小さな声で説明をはじめます。

「これは、世界の独裁を願う独裁者の願いから生まれたスイッチなんだよ。あ、独裁者っていうのは、自分一人の考えで世の中を動かそうとする人なんだけど……」

 独裁者……。
 自分一人の考えで世界を動かす人……。

「独裁者はこのスイッチを使って、自分に反対する者、邪魔になる者を、次々に消してしまうんだよ……」

 あゆさんが、とても恐ろしい口調でわたしに説明を続けます。
 自分の邪魔になる相手を消してしまうスイッチ、確かに恐ろしい奇跡です。
 でも……

「あゆさん、自分の邪魔になる人を消すと言っても、いったいどういう風に……?」

 消す、と一言で言っても、色々な考え方があります。
 自分に近付かなくなってくれるのか、それとも、やっぱり本当に……。

「なら栞ちゃん、あそこにハエがとまってるでしょ? 今からこのスイッチであのハエを消してみるから、よ〜く見ててね?」

 あゆさんは、そう言うとゆっくりとカーテンに近付いていきます。
 そこには、いつの間に入り込んだのか分からないけれど、確かにハエが一匹止まっていました。
 そして、あゆさんがスイッチに手をかけ、『カチッ』という音がして……

 え?!

「な、今、ハエが消えました……?」

 そこに止まっていたハエが、スイッチの音とともに消えてしまったんです。
 耳を澄ましても、ハエの羽音は聞こえません。
 もしかして、本当に、消え……た?

「栞ちゃん、今のハエはボクが消してあげたから、羽音で悩むこともないし、わざわざ窓をあけてハエを追い出す努力もしなくていいんだよ……」

 あゆさんが、とても静かな口調で私に囁きます。

「簡単でしょ? 邪魔なものは消しちゃえばいいんだよ……。これを使えば、住み心地のいい世界になるよ……?」

 そして、あゆさんは私にスイッチを手渡し、静かに、でもなんとなく邪悪に、私に笑いかけます。
 これは、邪魔なものを消してしまうスイッチ。
 でも……人をひとり消すというのは、とても恐ろしいこと。

「あの、あゆさん……私、しばらく考えてみたいんですけど……」

「うん。ゆっくり考えるといいよ」

 私は、ニコニコと笑うあゆさんを部屋に残して、外へと歩きだしました。
 その手に、どくさいスイッチを持って……。




〜つづく(?)〜


トラ様 【ひょうたん屋】 より頂きました。ありがとうございます☆

2002/08/30
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