山百合会暇つぶしアンパン会議

―――とある、土曜の午後のこと。

「あら、全員が揃ってるなんて珍しい」
「雨でも降るんじゃない? 蓉子は傘あるだろうからいいけど」
「なに蓉子、傘あるなら貸してね」

 リリアン女学園の生徒会役員である山百合会の面々が集う、ここはその名も薔薇の館。
 そして、年季の入った階段をギシギシならし上がってきたこのお三方は、それぞれ紅、黄、白の薔薇の名を持つ、リリアン名物の三薔薇さま。
 いや、名物だなんて言っては駄目か。
 まがりなりにも、ここの生徒たちのアイドル的存在。もっとはっきり言ってしまえば、もはや信仰に近い憧れの対象である方々なのだから。
 かく言う私、紅薔薇のつぼみの妹である福沢祐巳も、実を言うと最近までは他の生徒たちと同じように、この方たちにそのような憧れを抱いていた。
 ……が。

「それにしても、暇つぶしに館に来てみたはいいけど、ここはここで暇よね……。テレビでも誰かもってこない?」
 黄薔薇さまは、確かに知れば知るほどミステリアスではあるが、しかし身近にいるといつも暇そうなだけの人だし。しかもたまにわけの分からないことをする。
「祐巳ちゃ〜ん、今日はどんなお弁当食べてるのかな〜?」
 白薔薇さまは、確かにいざというとき頼りにできる人ナンバーワンではあるけれど、その実体は単なるセクハラおやじ。しかも堂々と人の弁当をつまむ。
「ちょっと聖、祐巳ちゃんが嫌がってるんだから、やめなさい」
 この紅薔薇さまだけが、身近な存在になった今でも、憧れを失わさせないでいてくれる人だろうか。
 しかし、いくら紅薔薇さまが頑張ろうとも、やはり"慣れ"というものもあって、普段から接するようになればなるほど"憧れ"という感情自体は薄れていってしまうが、それは仕方がない。
 ちなみに、祥子さまは別だ。

 さて、三薔薇さまの紹介はともかく、いまこの薔薇の館には、珍しいことに山百合会の面々が全員揃っている。
 特に何か会議の予定があるわけでもなく、忙しい時期でもないのに、だ。
 ……というか、放課後私が志摩子さんと歩いていると、由乃さんに廊下でばったり出くわして、せっかくだから薔薇の館でお弁当を食べようと言う話になって。(補足をすると、最近は土曜日でも会議が入ることがちらほらあったので、お弁当、或いはお昼代は持参してくるようにしていた)
 そして由乃さんが、一緒に帰る予定だったという令さまを誘って。
 そしてさらに令さまが、なんなら一緒にと祥子さまも呼んできて、と。
 つまり、みんな暇だったわけである。
 生徒たちの憧れ山百合会とは言っても、暇なときは暇なのだ。
 用もないのに来たということは、三薔薇さまも暇だっただけかもしれない。というか黄薔薇さまに至っては暇つぶしに来たとか言っておられる。

 さてしかし、特に用がなかったとしても、やはり知った顔が揃えばそれなりに雑談に花が咲いたりするもので。
 私が薔薇さま方のためのコーヒーと紅茶を入れている今も、皆のどうでもよさそうな話は進んでいる。

「それにしても、こうして全員が揃ったのも何かの縁かしらね。せっかくだから、何か議題でも作って会議でもしましょうか」
「お姉さま、議題なんて無理に作る物ではありませんわ。議題が先にあるから、会議を開くのですもの」
「あそれ知ってる。卵が先かニワトリが先か、ってやつでしょ?」

 白薔薇さま、全然それは関係ありません。

「卵か鶏と言えばさあ令ちゃん、親子丼って作れる?」
「親子丼? 作れるけど、急になんで?」
「うん、今白薔薇さまが親子丼ぽいこと言い出したから、急に食べたくなっちゃって」
「えっ!!?」

 令さまは何をそんなに驚く。

「志摩子、ドラえもんの道具って不思議よね」
「本当に……。どこでもドアなんて、どこでも行けますものね」
「どこでもドアと言えば、ここの扉もそろそろたてつけ悪くなってきちゃったわね……」
「そうですね……。アンパンマンも不思議だと思います」
「あら、それを言うなら天丼マンとかカツ丼マンのほうが生物学的に不思議よ。顔の一部が明らかに人工物なんだもの」
「本当に……」

 黄薔薇さまと志摩子さんの会話は聞かなかったことにしておく。


 そして、台所にきたついでに自分のお弁当箱を洗ってる間にも、さらに会話は進んでいる様子。

「そういえば祥子は親子丼て食べたことある?」
「令、私を見くびっていらっしゃるのかしら? 親子丼くらい、食べたことありますわ」
「でも祥子様の頂くような親子丼って、私たちの食べるようなものと随分違いそう……」
「あら由乃、いくら小笠原家が他と違う所があると言っても、親子丼は一般と同じような親子丼でしかないわよ? 卵に、名古屋コーチンでしょう?」
「えっ!!?」

 令さまは驚いてばかり。

「ちょっと江利子、志摩子に変なこと教えないでくれる?」
「なによ、天丼マンもカツ丼マンも、変なことじゃないわよ。志摩子だってもとから知っていたじゃない」
「む、そうきたか。ならば古今東西、アンパンマン世界の住人!」
「ピクルス」
「……え、誰?」
「ピクルスはピクルスよ。分からないんじゃあなたの負けね」

 白薔薇さま、ピクルスはハンバーガーキッドが乗っている馬です。

「志摩子、アレはどう?」
「なんとかやっていけそうです。どうもありがとうございました」
「気にしないで。アレも志摩子にぴったりだったし、貰ってもらえてこっちも嬉しいわ」
「でもアレ、高かったんじゃ……」
「いいのよ、見た目ほど高くなかったもの。アレ」
「そうですか。……ありがとうございます、アレ、大事にします」
「でも、圧力をかけすぎないように気をつけてね? アレ、すぐ中身が出るのよ」

 ……アレってなに?

 さて。
 洗い物も終わり、私も会話に参加しようと思ったけれど、ちょうどそんなときに、ちょっとばかしお手洗いにいきたくなってきた。
 時期紅薔薇のつぼみである私でも、生理現象ばかりはどうにもならないわけで。
 だから、会話の邪魔にならない程度の声で、「お手洗いにいってまいりますね」と一言告げて、部屋を後にする。
 祥子さまの「一人で大丈夫? お気を付けなさいね」との声が、ちょっと嬉しかった。
 別にトイレに危険があるわけでもないだろうけど、気を付けて行こうと思った。


―――数分後。

 私がお手洗いを済ませて薔薇の館へ戻ってくると、更に雑談は加速していた。
 というかこれは…

「たこやきまん」
「ホラーマン!!」
「ふふ、プリンくん」
「プリンちゃん」
「うわ、志摩子さんズルイっ! じゃあ……天丼マン?」
「あ〜由乃残念。ボッシュートです」

 どうやら、アンパンマン古今東西は参加者を増やして続いていたらしい。
 しょっぱなから黄薔薇さまに負けていた白薔薇さまはちゃっかり司会になっていて、祥子さまと令さま、そして紅薔薇さまは、『負け組』と書かれた紙をおでこに貼られて壁際の席に並ぶように座っている。
 由乃さんもその横に座らせられたのを見ればなるほど、あそこは敗退者席なのか。

「あ、おかえり祐巳ちゃん。アンパンマン古今東西やってるんだけど参加してね」
 参加しない? じゃなくて、参加してね、ときた。
「もう言われた名前はここにリストアップしていってるから、祐巳ちゃんは一度一通り目を通していいよ」
「あ、ありがとうございます」
 よくわからないけれど、リストアップされた名前に目を通していく。
 すると、1つ気になったことが。
「次、祐巳さんの番よ?」
「あ、え〜と、鉄火のマキちゃん」
「あら、美味しい所とられちゃったわね。なら、ゆずひめ」
 リストに目を通している間にもどんどん順番はまわってくるらしい。
 とりあえず、気になったのは今は考えないでおこう。

「ゴミラ」
「レアチーズちゃん」
「つぼみちゃん」

 わたしが『つぼみちゃん』と答えたら、一瞬皆の視線が私に向いたが、何故だろう。

「…………ごめんなさい、思い付きません」
 志摩子さん敗退。
「そろそろ私もつらくなってきたわね。バイキン仙人」
「えと、おせんべまん」
「祐巳ちゃん、もしかしてアンパンマンマニア? ……ちゃわんむしまろ」
「はい、実は祐麒とよく見てます。ちゃきんくん」
 ちなみにどうやら、敗者は口を開く権利を奪われるらしい。
「こんなことなら、私ももっとアンパンマンを見ておくべきだったわ。いなりずしのみこと」
「黄薔薇さまもアンパンマン好きなんですか? あざみちゃん」
「アンパンマンはなかなか好きだわ。たまに一人でぶらりと見に行くんだけれど、今度一緒に見に行く? アリンコキッド」
「ええ、是非! とんかつひめ」
「なら、ちょうどレンタルしてるビデオシリーズがあるんだけど、明日にでも見にこない? フーセンガムキッド」
「え、よろしいんですか?! はちみつおじさん」

 ……とまあ、この調子で続けていって、最終的には私が勝利。やっぱり、あとから来てリストを見せて貰えたというのが大きかった。
 気が付けば、聖さまは半分寝てるし、祥子さまや令さまはなんだか怒っていらっしゃる。なにがあったんだろう。
 でも不機嫌な祥子さまは、あまりそのことを聞かない方がいいということも分かっているので、気付かないフリ。
 普段通りに接することにしたのだった。

 そんなこんなで、山百合会の午後はすぎていく。



「そういえば白薔薇さまに黄薔薇さま?」
「ん? どうしたの祐巳ちゃん」
「あのアンパンマン古今東西、なんで誰も『アンパンマン』って言わなかったんですか?」
「…………江利子、言ってなかったっけ?」
「アンパンマンて、顔が嫌いなのよ」
「……だそうだよ、祐巳ちゃん」

 だったらなぜアンパンマンシリーズが大好きなんですか!!


 ……黄薔薇さまはやっぱりミステリアスだった。

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